先天性心疾患を持って生きる

先天性心疾患で生まれたベルーガの個人的人生記録

2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

重症の子

そして、その子は口が悪かった。 小児病院の看護婦さん(今は、看護師と呼ぶのが普通らしいが、当時は「看護婦さん」と呼んでいたので、このブログでも、その呼称を使わせてもらいます)に、トダさん(漢字はわかりません)という人がいた。 その子は、トダ…

緊急手術の子

ところで、僕の入院は2回延期になった。 1回目は、緊急手術の人が入ったため、順番が変わってしまったためだ。 だが、この、緊急手術の子をはじめ、子どもたちは皆、元気だった。 とても心臓病を抱えているとは思えないほどに…。 そこで、次に、僕の心に残…

病院食

よく覚えているのは、食事についてだ。 当時の病院食は、夕食が 16:00~という、早い時間だった。 恐らく調理室の職員の方々の帰る時間などの都合があったのだろうが、子どもにしても早すぎるものだった。 そして、味もかなりマズかった。 そこで、子どもた…

子ども病院の思い出

しかし子どもにとっては厳しいそんな入院生活であったが、夜、寂しさで泣いたのは最初の一晩くらいだった。 子どもというのは慣れるのが早いのだろうか。 寂しさで泣き暮らさないでいられたのは、すぐに友達ができたのもあるだろう。 しかも、程度の差こそあ…

病棟

入院した病棟は、昔ながらの、床がリノリウム張りの建物で、古くて陰気な感じだった。 実際、入院友だちからは、プレイルームと呼ばれる食堂兼広間を夜に歩くと、床がミシミシと音を出すという話も聞いた。 もちろん、そんな音は昼間にはしない。 (後年、入…

手術日程

手術は1987年8月14日となった。 入院前、僕は、近所に住む祖父母の家でこんなことを言ったのを覚えている。 「ゆっくり8月14日になって、早く8月14日が終わればいいのに」 子ども心に手術に対する恐怖心を抱いていたのだろうか…。

病院について

当時、心臓病の治療で通っていたのは、世田谷区にあった国立小児病院だった。 そこで、グレンという心臓の手術を受けることになった。 グレンとはどういう手術か。 なぜこのタイミングで手術となったか。 後に当時の主治医の先生が熱心に話をしてくださった…

はじまり

母の体調が悪いと聞いて、実家へ行った。 薬をもらって体調は改善しており、少し落ち着いていた。 病気の僕の世話をずっとしてくれた母を、今度は僕が世話をする番が近づいて来たのだろうか…? その晩、押し入れにしまってあった自分のアルバムを見返してい…